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ニュースレター
ユーコンの風Vol.10
(2005年8月)
Firth River後編
Firth川が何故そんなに特別なのか、長年Firthをガイドしている友人と話をし
た。この1年、私も機会があればFirth、Firthと
繰り返し言ってきた。心の中に、あの川が棲み着いてしまったかのごとく、旅を思い出してはため息をついている。
秋には、ホワイトホースの友人たちを招いて、スライド・ショーも開いた。30人以上の
友人が集まり、皆、私の写真を楽しんでくれた。普段は、恥ずかしがって、なかなか自分の写真を他人に見せることはしないのだが、Firthに
関しては、大好きな友人たちに伝えたい、感動をシェアしたい、という気持が強くあった。ホワイトホースの友人たちにとっても、Firthは
憧れの川なのだ。
何故、特別なのか。
北の北を流れる川であり、そのロケーションなのか。北極海に流れ込むというそのドラマ
チックなエンディングがあるからなのだろうか。文字通りのプリスティーン・ウィルダネスを自由に走り回っていた野性動物の姿があったからだろうか。
友人は言った。
「それは、Firthがスピリチュアルな川だからだ。川の持つ歴史や、その周辺に暮らしたイヌイットたちや、
野性動物のスピリットを、そのあちこちで感じる、そういう川だからだ。」
そうなのだ。
Firthの旅で、私は、岩に腰を下ろして川の流れを見下ろす時、大地を走り回るカリブーの姿を見
つめる時、デルタの平坦な景色の中で、そこに息づいている、姿の見えないモスコックス(ジャコウ牛)を想う時、
足下に咲く、小さな花を見る時、いつも何とも言えない思いがこみあげてきた。
全てが、静かであった。
全てが、力強かった。
その中にポツンと身を置いた時、自分の心が開き、心の中まで風が吹き抜けるような感じが
した。自然との一体感。ここが、自分が一番自分らしくいられる場所なのだという充実感。
今、時々、自分を見失いそうになる時、私は、あの「ダイナソー・ロック」を見下ろす丘に
行きたいと思う。あそこに座り、目を閉じて、風の音を聞きたいと思う。
12年前、初めてアラスカを旅した時、アンカレッジで出会ったオールド・ジャックが私に言っ
た。「自然に耳を傾けなさい。きっと、自然が話しかけてくる。そうしたら、答が見つかるから。」
Firthは、そういう場所を与えてくれる、川なのだ。
独り言
今年の7月のユーコンは、雨が多く、肌寒い日が続いた。去年は、連日+30度以上
の暑い日が続き、また山火事も相次いで起きた。「山火事より、雨の方がいいよね」と、地元の人間の間では、イマイチの天気が続いていることを慰めるかのご
とく、ポジティブな会話が飛び交う。
ユーコンの山火事は、規模が大きい。ここを旅したことがある人は知っていると思うが、山
火事跡というのは、見渡す限りの焼け野原である。私がここに来た95年にも大規模な山火事があった。春に起きた火事が、7月下旬に
なってもまだ燃えており、ショックを受けたことを覚えている。
ユーコンは乾燥していることもあり、一度山火事が起きると、火の手を止めることは容易で
はない。止めようがないので、町の付近や歴史記念物が残る地域など以外は、消火活動が行われない場合もあるという。
山火事の原因は、落雷であったり、火の不始末であったりする。山火事が森の再生にとって
はいいことであるとはいえ、やはり人間の手による山火事は起こるべきではない。
ユーコン川流域の主なキャンプ地には、既に焚き火のためのピットが設定されており、焚き
火をする場合には、その場所を使うことになっている。そして、火を消す際には何度も水をかけ、掌で触れられる位までにならないと、本当に消火したことには
ならない。自分は消火したつもりでも、火が完全に消えておらず、地面の下の根が燃え続け、冬を越し、春になって発火した例もあるそうである。
先日も、スウィートリバーのカヌーツアー中、キャンプ地に到着した際、ガイドが前のキャ
ンパーの火の不始末を発見し、あやうく山火事になるところを消し止めるという出来事があった。日本から到着したばかりのお客さんたちは、目の前でガイドが
素早く「火消し」に変身したことに驚いたようだが、ガイドは、その重要性を認識しており、火を消した後、携行していた衛生電話で、政府のオフィスに報告し
た。
ユーコンには、毎年世界中から多くの人々が、その素晴らしい自然の中でのキャンプを楽し
みにやってくる。しかし知識や配慮が欠けると、山火事も含め、惨事も起こりうるため、充分に注意していただきたいと私は常々思うのである。
Yoshie
Kumagae
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